北陸新幹線が開業してもう10年以上経過しました。何度か利用したことはありますが、発車前に車窓からホームを見ていたり、発車後の駅周辺を見ると昭和の頃の風景が想い出されます。
以下、私の主観なので勘違い、間違いがあるかもしれません。
昭和の駅ホーム
その頃はまだ高架でなく、駅ホームは地上にありました。今で言う兼六園方向が駅の正面口であり、そこから改札を抜けると右手に0番線A,Bの二つのホームがあり、正面には手前から1番線があり、7番線までありました。
駅西、当時は駅裏と呼んでいましたが、そこは貨物だったか車両置き場だったかは定かではありませんが、広い場所に線路がいくつもありました。現在のホテルや駐車場がある場所です。
改札からみてホームが多くあるということは停車している車両がほぼあるということで、様々な車両が入れ替わり出入りしていました。時にはそれらが出払って向こうまで見えるときもあり、駅ホームは広いなあと感心したこともあります。
改札は地下にもあり、駅ステーションデパートから地下改札を抜けると地下道から地上に上がることができました。
地上改札の左にはKIOSK、その隣は待合室でした。もちろん通路中央部の柱横には郵太郎もいましたね。郵太郎は昭和29年、金沢駅が完成した記念に置かれました。ということはもう71歳。現在は西口にあるらしいです。
金沢ステーションデパート
何年か前に都ホテルが取り壊されました。鼓門の前の道向こうにあったビルですが、この辺り一帯の地下にはデパートがありました。現在はその一部が利用されているかもしれませんが、定かではありません。
そのホテルから地下改札までメイン通路が通じていて、その横には映画館、理髪店、定食屋、一杯飲み屋、おもちゃ屋など様々なお店がありました。
駅改札の右側からそこへ下る階段もあり、降りると左横が黒百合(現在も別場所で営業している)だったはずです。
駅周辺
駅正面にはタクシー乗り場、駐車場があり、左手には現在と同じくバス乗り場がありました。浅野川線(北陸鉄道)の乗り場はバス乗り場の更に左側からでした。
駅正面の道路を挟んでの向こうには、現在のビル群はありませんでした。飲食街、飲み屋、ラーメン屋さんです。
右手も同様、ビルはなく、駐輪場から続く細い道が中橋陸橋下まで続いていました。そう、線路が地上にあったときは陸橋があったのです。
そこで想い出したのが小学生の頃、夏の時期に汽車(電車ではないキハ)で金沢駅まで行き、陸橋の海側にあった模型店、中部模型と、犀川大橋の野町側にあった北陸模型へ行き、パーツを購入したら残りが100円もないことに気付き、飲み物も買えなかったことです。幸い、その頃の駅構内には冷水器が置いてあり、貧乏な少年はそれで救われたわけです。当時、運賃は現在の1/5くらいでした。なおかつ小学生は半額ときて、無事家に帰ることができました。
この項だけ、話は逸れますが、中部模型はその後、小橋町へ移転したあと閉店になったとネットで見ました。寂しいですね。北陸模型は現在は窪にあるようです。
あまり様子が変わっていないのが堀川町交差点のあたり、店舗やホテルは変われど、道は同じですね。
駅前から別院通り、瓢箪町、彦三町あたり、ちょっと路地に入ると同じです。でも、アーケードがあった横安江町商店街、今は青空が見えて結構変わっているようです。そうなってからまだ通ったことはありませんが。
当時、この金沢駅を35mmフィルム(135)、NEOPAN-SSで撮った記憶があり、おそらく探せばネガはあるはずです。駅自体もホームも撮っていますが、なかなか探す気力がありません。
一時期、フィルムスキャナーで全部デジタルに変換しようかと考えたこともありますが、やはりやる気が出ませんでした。しかし自分にとってのお宝ショットがあるかもしれません。今度再考してみます(笑)
旅行ガイドブックなどを除けば、書籍や地方を題材とした物語など、案外古めの情報、歴史的な案内があるかもしれません。そんな感じでどこを旅していても「数十年前のここはどんな様子だっだのだろうか」など考えるのも乙なものかもしれません。

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